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ロールモデル(1)

 内藤志野さん 名古屋市男女平等参画推進センター指定管理者 NPO法人参画プラネット スタッフ  

デザイン系の学校卒業後、宝石会社に就職。デザイン室に配属。その後、8年間のメーカー勤務を経て、出産退職。
約4年間、専業主婦生活を送る。その間「早く社会にでたい」という
思いを持ち続け、2006年2月、仕事を再開。夫と4歳、2歳の子どもの4人家族。


「最近保育園に行きたがらないんですよ。今日は仕事ではないので、無理やり登園させるのもどうかと思って・・・。」と、4歳になる長女と共にあらわれた内藤志野さん。

仕事の日は朝早くから二人のお子さんを保育園に登園させ、「つながれっとNAGOYA」の開館に合わせ出勤。インフォメーション業務を中心に一日6時間、週4日働いています。


働くきっかけは幼稚園の抽選漏れからでした・・・

内藤さんがここ「つながれっとNAGOYA」の指定管理者であるNPO法人参画プラネットのスタッフとして仕事に就くことになったのは、2006年2月。当時は専業主婦だったため、子ども連れでの面接でした。面接後すぐに採用されましたが、まずは子どもの預け先が大問題。

もともと社会に出ていたいという気持ちが強かった内藤さん。4月からの仕事に就くことを視野に入れ、区役所に保育園の申請書は提出していました。「長女が3歳のとき、名古屋市立の幼稚園に入園希望を出したのですが、抽選にもれてしまって・・・。私立の幼稚園に入園させるなら、保育園に子ども二人を預けても経費的にはあまりかわりないので、だったら子どもをあずけて働こうと思いました。」


赤字覚悟で民間託児所へ

仕事はすんなり決まったものの、いざ保育園探しを始めると、想像以上に厳しい状況でした。子どもの年齢も小さいですし、ましてふたり同じ園となると、名古屋市の認可保育園にはまったく空きはありません。区役所の担当者にも「こんな時期には無理ですよ。今入れる保育園をさがすより、4月まで待つほうがいいですよ。」と言われ、名古屋市立の認可保育園への入園をいったんはあきらめました。しかし、せっかくつかんだ仕事のチャンスを逃したくはなかったので、赤字覚悟で民間託児所への入所を決めます。「正直、民間託児所に二人も預けていたら収支は赤字です。でも、ずっとその状態が続くわけではないですし、長い目でみたら必ず取り返すことのできる投資だと考え、思い切ってあずけることにしました。」

仕事を開始した当初は週2回勤務からのスタートでした。その後、申請をしていた市の認可保育園への入園が受理され、2006年4月からは週4日勤務へと増やし現在に至っています。民間から市立の保育園に移ったことで、経費的にはぐっと抑えられるようになりました。一方、2ヶ月間ですが民間託児所を利用したことから、民間と市立のサービス面など様々な点での違いがよくわかったといいます。「なかにはようやく入所できた市の認可保育所をやめて、利便さをもとめサービスの充実している私立の保育園に転園される方もいるんですよ。私の今の働き方ではこのままでかまいませんが、将来的に民間のサービスが必要になるときだってあるかもしれませんよね。」


働きやすい環境を求めて

内藤さんは、長女の出産を機にしばらく仕事から離れていましたが、それ以前は、いくつかの仕事を経験されています。

初めての仕事は宝石会社の「デザイン室」。デザイン系の学校を卒業していたので、学校での経験を活かせる、自分の好きなことができると思っての入社でした。しかし、実際には自分の能力に自信を持てず落ち込むことが多かったといいます。「不安な気持ちを相談したくても、デザイン室には同期もいなければ、年齢の近い人もいなくて。そのうえデザイン室というだけあって個性的な人が多くて、とても相談できるような状況ではなかったですね。まあ、自分も若かったということでしょうが・・・。」結局なじめないまま1年で会社を退職します。

次に就いた仕事はCADオペレーター。半年間専門学校でトレースの勉強をしてから、派遣会社を通して紹介されたのは大手自動車部品メーカーでした。この会社では同世代の派遣社員も多く、仕事も面白く、働きやすい職場でした。しかし、結婚を機に退職。「とにかく残業が多かったんですよね。独身で自宅から通勤するなら可能でしょうが、家庭と仕事を両立するとなると、職場も決して近いわけではなかったですし、体力的にも難しい状況でしたね。」

  ただ結婚しても専業主婦に納まることはありません。今度は家からすぐの職場で、メーカーの名古屋営業所の契約社員になりました。今度こそ働ける限り続けたいと思っていたのですが、ここでも立ちはだかる壁・・・「出産」です。職場には育児休業を利用して働き続けたいと主張しましたが、「本社では契約社員でも配置転換などで育児休業は可能だが、ここは営業所なので、君がやめれば誰かを雇わざるを得ない。」との回答。結局激しいつわりとの戦いもあり、やむなく退社しました。


安心して働ける環境

その後、二人のお子さんに恵まれ、しばらく専業主婦をしていました。ただ「社会にでたい。できるだけ早く仕事をしたい。」という思いを持ち続け、資格や保育園のことなど、仕事に就くための情報収集をしていました。そういったことが、あまりブランクなく仕事に就くことにつながっていったといえます。

つながれっとNAGOYAの指定管理者である参画プラネットで仕事を始めてから1年余り。ここにはスタッフが家族の病気や様々な行事などのときに、ためらうことなく休暇を取得できる環境があるといいます。「いくら、いざというとき休暇とってもいいよといわれても、まわりにそんな雰囲気がないと休みはとりにくいものですよね。」ケアワークを担う女性たちが安心して仕事に取り組めるよう、「新しい働き方」の実践をしています。

また、スタッフの年齢は幅広いのですが、育児・介護と仕事、学校や他の仕事といったように、何かと両立をはかりながら仕事をしている方ばかり。そのため年齢というものを越え、相談でき、話題も豊富だといいます。学校を卒業し初めて就職したときに相談相手もいなくて、たった1年で会社を辞めた経験のある内藤さんとしてはとても心強い環境のようです。


細く長く働く

最近は「つながれっとNAGOYA」のニュースレターの編集にも携わり、紙面の構成やデザインを担当。宝石の「デザイン」では挫折をあじわったかもしれませんが、他の面で「デザイン」の勉強や感性が活かされる。あたらな可能性が広がってきたのではないでしょうか。

さて、こんな内藤さんの当面の目標は「細く長く」とのこと。「まだ子どもも小さいので無理のない働き方で長く続けていきたいですね。」

まだまだ可能性が拡がる世代の内藤さん。ここでの経験が今後どんなキャリアを形成につながっていくのか楽しみですね。


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